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■ 精神 [美]

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優れた思考の特質。

広さ

深さ

スピード。






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■ 労働 [仕事]

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年末、秋葉原でJRからTEXに乗り換えようと駅出口付近を歩いていると、おりしもデモの真っ最中。
労働組合による、雇用条件改善を求める集まりです。
「給料を上げろ」
「福利厚生を充実させろ」
そのために、休日返上で署名を集め、カンパを求める組合員。
眉間にくっきり刻み込まれた2本の縦じわ、これは「不幸線」という名前なのだそうですが、それがとりわけ目立つ苦しそうな顔たちでした。
署名をすると、つばを飛ばしながら、
「われわれの活動を支援するため、よろしかったら寄付をお願いします!」
とチラッと上目遣い。


この現象について、どんな感想をお持ちでしょうか。

ベストの答えはどこにあると考えますか?


労働組合と経営側の軋轢については、古今東西共通の事例が多々あります。

ここに、興味深い記述がありますので、抜粋します。

「ドラッカー先生は、経営トップに続き、働き手、とりわけ労働組合をとりあげた。いわく、かつて経営側が情け容赦なく働き手を搾取した時代があり、この不当な行いから働き手を守るために労働組合が結成された。このため、労組の結成は十分に理由のあるものだった。だが今日では、アメリカはもとより多くの国では労働法が整備され、働き手はおおむね不当な扱いから守られている。困ったことに、労働組合のほとんどは、働き手の福祉への責任しか意識していない。働き手の仕事ぶりや生産性にはまったく無関心なのだ――。

先生によれば、組合は労働協約の改定に向けて交渉するつど、より多くの利益を引き出そうとする慣わしを身につけてしまったという。
組合員もそれを期待している。要求がすべてかなうとは誰も考えていないが、高い要求を掲げれば、いままでよりはよい条件に落ち着くだろうとの狙いがある。労組はメンバーのためにより良い報酬と労働条件を勝ち取りつつあるが、困ったことに、働き手の生産性や労働コストには無頓着であるため、会社にとって不利な状況はすべて経営陣の責任だとみなす。労組の見解はいうまでもなく、
「会社側が働き手の貢献ぶりとは無関係に給与を引き下げようとする以上、働き手の側で身を粉にする理由はないだろう」というものだ。
(中略)
先生の考えでは、経営陣だけでなく一般の働き手もまた責任を負う。生産性が一定のままで給与などを上積みすれば、結果的に生産性は下がり、会社は世界市場での競争力を失うことになる。
(中略)
先生は、国際競争が激しさを増すなか、経営側と労働側が対立していていい時代はとうの昔に終わったと、口をすっぱくして語っていた。経営側と労働側は競い合う立場にはなく、運命共同体なのだ。」
(『ドラッカー先生の授業』W.A.コーン ランダムハウス講談社)

この前段には経営者の理想的な姿についても書かれているので、興味がありましたらどうぞ読んでみてください。
目の醒めるようなピーター・ドラッカー氏の理論を読めることに、私は感謝しました。字が読めてよかった!


そして話は元に戻って。
労組デモで声を枯らす人々はどうしたらいいのか。についてです。

ある豪腕経営コンサルタントは、それこそ目の醒めるような提案を聞かせて下さいました。

「あれだけ元気があったら、誰かに雇われていないで、自分で会社をつくったらいい。」

最初に聞いたとき、ガーン!と音が頭の中に響きました。

欲しいものがあるなら、誰かに作ってもらおうとごねたりしないで、自分でつくったらいい。
雇用に不満があるなら、自分で雇用を生み出したらいい。
見知らぬ人にお金をねだったりしないで、自分で商品を作って売ったらいい。それを一所懸命売ったら、必ず買ってくれる人は現れる。

そうして何かを生み出すため・社会に役立つために「働く」というのが、社会人の務めではないでしょうか。

生産性を上げず窮状だけを訴えてカンパを他人にねだろうなんて、性根が浅ましすぎます。
お金を生み出す「仕組み」を作れないと、延々同じことの繰り返しなのです。
そのたびに、心身をすり減らして他人にすがりつくというのは、良い方法とはいえません。美しい生き方ともいえません。
そこに懸命になるパワーがあるのなら、違う方向に転化すべきです。
そもそもパワーがないなら、死んでいくのは動物世界の掟です。人間も、例外ではありません。

これはあまりに残酷な真実ですが、本来生きるとはそういうものです。テレビの向こうのライオンとシマウマの生きかたと自分たちのそれは違う、そういえる根拠なんてどこにもない。
「守られて当然、生きていけて当然」とあぐらをかくのは傲慢です。
働くというのは、だだをこねるのではなく
「知恵を使って生産すること」。
または、「その能力がなければ、そういう人の役に立つこと」です。
そのどちらかとして、自分の役割をまず全うすることが第一歩。

この有用な知恵を、もっとわたしたちが使えるようになることが大切ですね。

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■ 最高の食事 [健康]

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結論からいうと、
納豆となま卵に葱を混ぜたものは最高です。

味も、栄養も!



旅館の朝ごはんといえば、

・味噌汁
・納豆
・なま卵
・ご飯
・漬物

が基本ですが、これは完全食。
無駄な油がどこにもなく、きれいなバランスで栄養が摂れる。
唯一問題があるのは、これが「朝ごはんであること」。朝の胃腸に負担をかけるのは、とても不健康的・・・。
もったいないです。

夜にこれを食べれば、パーフェクト、だそうです。
良質のたんぱく質がきれいに摂れる食事だから。

ことに、
納豆と卵はとても良い。

なぜでしょうか。

それは、
納豆も卵も、ともに「赤ちゃんだから」。

植物の卵と動物の卵。
赤ちゃんだから、必要なものだけがきっちり入っています。これを食べれば、必要にして十分な栄養が摂れるというわけです。

自然の命をうけ摂って、自分は生きているんだ、ということを実感する知識でした。



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■ 男と女 [健康]

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冬がはじまって、ウィンタースポーツ花盛りですね。
テレビで放映しているフィギュアスケートの試合に釘付けになっているこのごろです。

それにしても、スケートに限らず、スポーツは女子より断然男子のほうが迫力があり、キレが冴え、観るものをはっとさせます。

それは身体能力が違うのだから、あたりまえ。

そう、「常識」という刷り込みからは思ってしまいますが、

「ではなぜそもそも、男性のほうが女性より身体能力が勝っているの?」

これは根源的な話です。


生物学的な説明を受けました。

生命体の基本形は女性である

ということなのだそうです。

XX染色体(女性)の突然変異であるXY染色体が男性です。

その突然変異は、なにを目的として生まれたか。


子供を生むという作業によって使われる「労働力」の部分だけのアウトソーシング。”


子供を生まない代わりに、労働力に特化した存在。それが男性。
だから能力は女性より高い。
そういうことだそうです。
目からうろこ、とはこのことですね!


子供を生むということのいかに重労働であるか が判ります。
妊娠できない、
妊娠しても無事に出産できない、
出産しても亡くなってしまった、
ある程度育っても社会に適応できず亡くなってしまった、
こうしたこと(淘汰)は生物学的にいって当前のことで、生まれて生きるということは、かくも過酷なこと。

同時に、こんなにも奇跡的なこと。

それらの事実をひとつひとつを噛み締めてみると、文明に振り回され目を眩まされている日常がいかに本質から離れてしまっているか、
ひしひしと身に迫ります。

ちなみに、いうまでもなくこの話は
女性だから産むべき
という単純な結論につながるわけではありません。

産める女性は限られています。

環境が調っている人間にしか、その資格はない というのもまた生物学の真実です。
産みたいけど産めない、
そういう人は無理をして産むことが使命なのではありません。

産めない
という真実を理解して、よい労働力を提供するのが一番世の中に貢献できるやり方です。

産みたい
ならば、まずは知恵を駆使して「産む」環境への到達が不可欠ですね。
身体的、社会的にふさわしい場所へ届くために。

その際に、
「会社の労働条件が悪いから無理」
「忙しくてそんなひまはないよ」
「社会が悪い」
などと他に責任を持っていく見苦しいことだけはしないでおきたいものです。


「効果的な能動」においていかに知恵を使えるか。
崩壊しつつある資本主義の只中にあって、男女とわず、人間として・生物としての真価は、今まさに個人において問われているように思います。

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■ 脳を使っていますか [生活]

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クレア2008年7月号、茂木健一郎さん指南『脳を活かす効率アップ術』より抜粋します。

「僕はこの5年くらい、24時間仕事に追いまくられる生活をしています。自分でも把握しきれないくらいの仕事を抱えています。」

という状態に、数十年続く人生を考えたときに快適さがあるかどうか、は個人差アリとしても、その時間の扱い方、仕事のこなし方に参考になるポイントはいくつかありそうだと思いました。

「今の状況が居心地が悪いかというと、そんなことはありません。友人と会う時間なども確保できていますし、何よりも「引き受けた仕事はなんとかこなしているぞ」という喜びにも似た感覚がある。
 実は、この「とてつもない量の仕事を必死でこなす」というところに、僕の仕事術の一番のポイントがあります。

 脳が成長する仕組みの一つに、強化学習という方法があります。脳にものすごく大きな負荷をかけてがんばると、その負荷を超えて成長できたときにドーパミンが分泌され、大きな喜びを感じるようになる。だから、できそうにない量の仕事を必死でこなすことを繰り返していれば、だんだん効率があがってゆくという仕組みです。
 
 日本のホワイトカラーは、世界的に見ても時間の使い方がうまくありません。それどころか「時間をかけたほうがいいものができる」「しごとの効率を追求すると、ぎすぎすして余裕がなくなる」といった考え方が、いまだにはびこっています。でも、脳科学の見地からいうと、それは全くの誤り。むしろ、仕事が速いということとクリエイティブであるということはイコールだと僕は思っています。

 脳の働きには、音楽と似たところがあります。次から次へ音が一連のリズムで流れてこないと音楽は成立しませんが、仕事も同様です。ダラダラやっていたのでは脳のリズムがめちゃくちゃになって、本来の性能を発揮できない。やるべきことをぎゅっと濃縮して、早めのリズムで進めた方が、クリエイティブな仕事ができるのです。

 僕の生活の大きなポイントは、まず、朝型生活であるということです。朝はたいてい、6時までには起きて、エスプレッソを一杯とチョコレートを1粒口に入れたら、全速力で仕事をはじめます。
人間は、一日のうちに経験したことを未整理のまま脳の中にどんどん蓄積するので、放っておくとそれが思考の邪魔になってしまう。ただ、夜寝ている間にだけ唯一整理されるので、起きた直後は一日で脳が最もクリアな状態なのです。
 最初にするのは30分間のブログ書き。兵士や宇宙飛行士が任務から帰ってきたときに、任務の報告をさせることをデブリーフィングといいますが、僕にとって、前日の体験を整理して、文字にするブログの作業はまさにデブリーフィングにあたります。そこで脳内を意識的に整理したうえで、論文やエッセイなどのクリエイティブな仕事に取り掛かるわけです。
 日中は移動中や待ち時間に一分でも時間が空いたら仕事をします。繰り返しやっていると、瞬間的に集中するテクニックを身につけることができます。遺伝子の回路の変化は2週間ほどで定着しますから、誰でも2週間続ければ身体がかわってくる。筋トレと同じです。
 夕食前までにはやるべきことを終えて、仕事を忘れてゆっくり過ごします。実は、これもまた脳にとって大切な時間なのです。というのも、他愛ない雑談の中から思考の大事なヒントを得ることは少なくありません。いわば夜7時以降はセレンディピティの時間なんです。

 仕事中に難しい局面にさしかかったなと感じたら、ぱっと席を立つ。コーヒーを飲んだり気分転換をする。それでも意識の端のほうで仕事のことを考え続けていると、ふいに大切なことが見えてきたりするものです。

 僕は過去に色々な情報整理術を試してきましたが、ことごとく身につきませんでした。ところがインターネットの時代になったら急に生き易くなった。ネット上には非常にクオリティの高い情報が大量にあって、googleやyahooが整理して提示してくれます。
 従来の整理術とインターネットの決定的な違いは、脳の発想の脈絡のなさについていけるかどうかというところにあります。

 今、ネット空間では1時間もあればものすごい量の良質な情報が世界中から手に入ります。ただし残念ながら、ネット社会では英語日本語の情報のクオリティに圧倒的な差がある。つまり今の時代、英語ができないということは情報を有効に使う上で圧倒的なハンディキャップがあるのです。
 結論として、現代における究極の整理術とは「英語を勉強すること」といってもいいでしょう。英語という言語は繰り返しを嫌うから、頭の中の情報を整理するのにもいい。」

 
 
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What is Bonatopia? ~はじめに [ようこそ!]

ようこそ、Bonatopiaへ!

ここは、「自ら、美しくなる力」の可能性を持つ女性のための、美意識向上空間です。
Blogはメンバーによる発信の場所、
SNSで情報交換、として機能しています。

女性はなぜかどんなときでも、きらきら輝く同性にチェック入れることを絶対に忘れないもの。
あなたにとっての「目が離せない美しい女性」って、どんな人?

きっと答えは、たくさんある。
ですがそうしたあらゆる魅力を同時にたくさん持つことも、わがままではなく、望めばもちろん可能なはず。
あなたのたくさんの理想と夢と憧れ。
力を貸しあいつつ、ひとつずつ、大切に確実に、叶えていきませんか。

さらに、行動全ての基本となる「健康」も、大切に・・・。
こちらのblogには「予防医学の観点から専門家にお聞きした智恵」・「役立ちそうな新情報」等をメンバーが綴っていますが、実績と共にエネルギーに溢れた食・医療の専門家たちをweb上・またはリアルの場で講師にお招きして、わたしたちBonatopianの心身を健やかに・美しくする企画も、必要に応じて順次開催中。

メンバー・ガイドは、全て女性に限定しています。
婦人科系・心・美容・暮らしについて・・・、
なかなか声にしにくいデリケートな問題も、安心して相談することができます。
健康を手に入れ、夢の一つ一つを、強く、身につけていきましょう。

そうして羽を休め、確かなお手入れをされ。
再び力強く外に飛び出していくときには、人を魅了し・幸せにする美しさが、あなたに備わっていることでしょう。
それはシンプルな話、もともとの魅力が、人・知識とのふれあいでさらに磨かれた上、発揮されるから。。
人は誰かと助け合って輝いていくもの。
ご自身のそんな再発見の場に、こちらをどうぞ、お役立てください。

美意識創造・向上空間ボナトピアで、志を同じくする美しい女性たちと自由に語り合ってみたいという方は、
bonatopia@gmail.com
までご連絡下さい。Bonatopia SNSへの招待状をお送りいたします。


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■ 「もてなしの心を取り戻せ」 [美]

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2008年6月30日 日本経済新聞に掲載された記事から。
コシノヒロコさんインタビューより抜粋します。

―― 「おもてなし」の大切さを力説なさっているそうですね。

「昔から客を自宅に招いて、おいしい料理やお酒を召し上がっていただくのが好きです。海外ではしょっちゅう知人の自宅にに招かれ、そのおかげでぐんと親しさが増します。グローバル時代を迎え、日本でもそうした機会を増やすべきではないでしょうか」

―― 日本に伝わるもてなしの心とはどんなものですか。

わざわざ、いちいちということだと思います。客を迎えるために玄関に打ち水をし、ふすまや障子戸はいったん座ってからあけて客に挨拶する。そのための一手間を面倒と思わず、そこに心をこめるのが日本人だったはず」

―― 日本の家は狭い。多くの人は客を呼べる環境ではないと思うのではありませんか。

「家の広さではないと思います。小さな空間でいかに気持ちよくすごしてもらうか、喜んでもらうかに気を配る。私のもてなしの極意は色の整理なんです。インテリア食器も料理も色をごちゃごちゃと混ぜない。出前の握り寿司も、白身と赤身に分けて盛り付けるだけで印象が違う」

「もてなしたしたりもてなされたり、経験を重ねればセンスも磨かれていきます。もてなしは客の身になって考える想像力と美意識を研ぎ澄ます場でもあるんです。」

―― ビジネスマンが客を招くには妻の協力も欠かせませんね。

「こればかりは西洋のカップル文化を根付かせたい。ダークスーツの男性ばかりが集まるパーティなんて異様ですよ。招く方は是非、夫婦で招待するべき。夫婦で招かれれば次は我が家でとなる。日本の中年夫婦は会話もないなどといわれますが、二人で行動すれば話題も増える。一石二鳥じゃないでしょうか」


日経ネットPLUS
http://netplus.nikkei.co.jp/

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■ ところで、有機の定義って? [健康]

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「有機野菜」
って、よく聞くなにやら耳に心地良い響きですが、「定義」を答えられますか?

わたしは知らず、調べてみました。

以下、抜粋します。野菜等健康食生活協議会事務局:(財)食生活情報サービスセンターHPより。
http://www.v350f200.com/faq/04.html

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Q. 有機栽培の野菜の定義を教えて下さい。また、本物かどうかは誰がチェックしていますか?

A. 有機農産物に関しては、「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)によりその定義が定められています。

「有機農産物」、「有機野菜」等と表示するためには、

(1)農薬や化学肥料は原則として使用しないこと。(ただし、農薬物に急迫または重大な危機がある場合であって、通常の有機農産物に係わる防除方法のみでは有害動植物を効果的に防除できない場合に限り、有機農産物の国際基準に準拠した30種類の農薬の使用は認められています。)
(2)種まきまたは植え付けの時点からさかのぼり2年以上(多年生作物にあっては、最初の収穫前3年以上)、禁止されている農薬や化学肥料を使用していない水田や畑で栽培されていること。
(3)有機農作物の生産者は、以上の要件を満たし、生産から出荷までの生産工程管理・格付数量等の記録を作成していること。
などについて、農林水産大臣に登録された登録認定機関の認定を受けなければなりません。この認定に当たっては、書類審査と実地検査の両方を実施し、圃場や加工場が有機の生産基準(有機JAS規格)を満たしていること、当該規格に則して生産できるよう生産管理や生産管理記録の作成が適切に行うことができることを確認することにより行われます。

これらの要件を満たし、登録認定機関の認定を受けた農家等は、自ら生産した有機農産物にJASマークを付けて市場に供給します。有機JASマークが付けられていないものは、「有機○○」と表示することはできません。

また、 登録認定機関は、認定を行った農家等が認定後も有機JAS規格に基づいた生産を行っていることを確認するため、最低1年に1回、認定農家等の調査を行うこととなっており、さらに、その登録認定機関が適正な業務運営を行っているかについて、毎年1回(独)消費技術センターが監査を行っております。

さらに詳細を知りたい方は、農林水産省ホームページの該当部分を御参照下さい。

食品表示とJAS規格→http://www.maff.go.jp/soshiki/syokuhin/heya/jasindex.htm

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だそうです。

しかしそもそも「有機」って、どういう意味?
なぜこのような農作物に「有機」って言葉がつくの?
肥料が「有機」なの?
しかし、、

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有機JAS規格では、以下のような天然に存在する物質の使用が許可されている(有機農産物の日本農林規格 制定:平成12年1月20日-農林水産省告示第59号、最終改正:平成18年10月27日-農林水産省告示第1463号[3])。

有機肥料の他に様々な無機肥料が認められる。それらは草木灰、炭酸カルシウム(苦土炭酸カルシウムを含む。)、塩化加里、硫酸加里、硫酸加里苦土、天然りん鉱石、硫酸苦土、水酸化苦土、石こう、硫黄、生石灰(苦土生石灰を含む。)、消石灰、微量要素(マンガン、ほう素、鉄、銅、亜鉛、モリブデン及び塩素)、岩石を粉砕したもの、塩基性スラグ、鉱さいけい酸質肥料、よう成りん肥、塩化ナトリウム、リン酸アルミニウムカルシウム、塩化カルシウム、などであり、

有機肥料しか有機農業に用いられていないということは誤解である。

wikipedia「有機農業」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E8%BE%B2%E6%A5%AD

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なんと、違うようです。さらに、下記も転載しておきましょう。

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特定非営利活動法人・日本有機農業研究会は「有機農産物の定義」として、「有機農産物とは、生産から消費までの過程を通じて化学肥料・農薬等の合成化学物質や生物薬剤、放射性物質、遺伝子組換え種子及び生産物等をまったく使用せず、その地域の資源をできるだけ活用し、自然が本来有する生産力を尊重した方法で生産されたものをいう」と定めている。

(注意)上記の内容はあくまで日本有機農業研究会が定めた独自の定義です。

wikipedia「有機農業」より
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%89%E6%A9%9F%E8%BE%B2%E6%A5%AD

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よく認識しておきたいですね!
さて、
わたしと同じ疑問を持った人がいました。

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質問)有機の意味がよく理解できません。
質問者:yu3567
何度も投稿させて頂いております。申し訳ありません。
有機溶剤の勉強を始めたのですがどうしても有機化合物や有機溶剤の意味が本やインターネットで調べても難しくて理解できません。有機野菜の有機とは異なるのでしょうか?有機溶剤を調べると水に溶けないものを溶かすのが有機溶剤と書いてありますがどうも有機野菜の有機とは結びつきません。違う意味なのでしょうか?


解答)登場する「有機」という言葉はすべて同じ概念を指しています。ただ指し示す概念の広さ/厳密さはかなり違いますけれど。

有機物の(organic)/無機物の(mineral) の元来の意味はこちら。
http://www.so-net.ne.jp/kagaku/news/eld01.html

有機化合物/無機化合物 になると定義に「炭素」という言葉が登場するようになります。Yahoo!辞書( ​http://dic.yahoo.co.jp/​ )などで検索してみてください。

有機溶剤 については,昨日のあなたの質問に対して寄せられた回答をどうぞ。
http://okwave.jp/qa3285277.html

有機野菜 になると,この文の最初に紹介した元来の意味そのままのイメージキーワードとして有機という言葉を使っています。「とは」という2文字を付加して「有機野菜とは」というキーワードでgoogleしてみてください。禁止されている農薬や化学合成肥料を使っていない耕地=自然のまま=オーガニック,というわけです。


教えて!gooより
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3288220.html

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うん、農作物に関しては「イメージキーワード」だったんですね。。
よく理解しておきたいです。

同じ疑問を持ったら、ぜひ参考にしてください。


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■ 心の健康、「感謝」。 [美]

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神社はどういうところ?
-願い事を拝みに行くところ。

長いこと、そう思っていました。
しかし、心が健康な「成功者たち」にとっては違ったのです。
教えてもらえたのは、とても幸運なことでした。


正解を先にいうと、

-感謝を捧げにいくところ だそうです。


お参りに行く人々の大多数。
各々の都合を胸のうちに溜めて、普段は顧みない神社へ。
自分の願いをかなえて欲しいときにだけ、お願いに出かけます。
お賽銭を投げ、お守りを買い、そして初詣やらお参りやら終ったあとは、次のお願いごとまで放っとき放し。
実はこれ、自分の姿でしたが。。

・・・これを人付き合いに置き換えてみたら、どうでしょうか。

言ってみれば、
お願いがあるときにばかりいい顔、小さな手土産付き(さえ無いことも)で擦り寄ってきて猫なで声を出す人。
かなえてあげたら、後はしゃらっと離れていって、見向きもしない。
そしてピンチの時にだけまた必死にすがってくる・・・。

うわあ、いやですね!![がく~(落胆した顔)]


つらいとき・踏ん張るべきときには、自分の力を極限まで尽くし、周りには迷惑をかけない。
そんな人に、わたしたちは敬意を抱く。
もし出来る事ならば手を貸したくなるのも、こういう人に対してです。
そして、嵐が去ったら、
ありがとう。
ときちんと礼をしてくれる人こそ、結果的に色んな要素が合わさって、いろんな人に感謝されて、さらに徳を高めていくものだと思います。
実際、人徳ある成功者は皆、こうした積み重ねを経てきた、精神のまっすぐな人たちですよね。


だから、神社 -自然の恵み溢れる素晴らしい土地- にも感謝を。礼を。同じように。

人間の行動パターンはたいてい同じ。
神社に対する態度も人間に対する態度も、同じ人間から出るものならば大差はきっとない。
人間の質は、すべての態度に表れ得ます。

神社に対して感謝と喜びを還元できる人間なら、他人に対してはなおさらそういう姿勢で臨んでいることと思われます。
対して、苦しいときにだけ神頼みのクセがついている人間は、
「こんなにがんばってるのに!」
と我が身を嘆くばかり・・・もがくばかりで、良い結果を得られていないもののような気がします。
視点を替えて、「お願いモード」から、「受け入れ・感謝モード」になってみるといいかもしれません。


努力は自分自身で。
感謝はみんなへ還元。

その清廉な習慣を、心に根付かせたいと思います。


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■ 秘密兵器 [健康]

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便秘が「病気」だ、
という認識はお持ちでしょうか?

私は最初、聞いてビックリしました。
確かに腸の具合がかんばしくないと、具合は悪い。
おなかは張るし、顔色は冴えないし、ボディ全体のフォルムも悪い。
でも、お月さまデイズのタイミングに左右されて滞るのもあり、もうどちらかというと日常に組み込まれがちなもの、、、
異常事態だという意識はそんなにありませんでした。

しかし、これは「病気」。
内臓が機能していないということですから、それもそうだ。
心臓が止まったり、脳が動かなかったりしたら一大事ですが、それと同じくらい、腸だって大事に考えてあげてもいいんじゃないか。
ようやく、「病気」といわれてハッとしたのでした。

便秘の原因として思い当たることはいくつかあります。
腸の働きを鈍らせているわけなので、まず絶対食べ物。
食事、おやつ、友達とお茶(ケーキつき)、食事、クライアントからの頂き物、甘い飲み物・・・
女性の生活には、栄養過剰な食べ物が満載です。
ちょっとつまむ、という意識さえそうはなく、おしゃべりしながらほとんど自動的に摂取しまくる。・・・便秘していたときの自分の行動です。

このとき体内で何が起きているかというと、

・腸が休めていない
・糖分過多で腸壁を汚している

よって働きが鈍くなり、この大切な臓器が汚れていくわけです。
リアルに思い浮かべると、恐ろしいですね・・・。

ハイドロコロンセラピー
という、腸を洗う施術も存在します。
しかし、上記の原因を考えた時、この処置は、根本解決になっていないことに気付きます。
まず、腸はむりやり動かされてくたくたです。
そしてさらに、
スッキリした!でもなんだか疲れたなー。」
と、処置後に甘いココアでも飲んだら、また詰まりが始まる。疲れた腸に、追い討ちをかけるように。

例えば、患う人の心臓が動かないたびに電気ショックを与えていたら、その負担いかに?
と想像してみたら、
臓器を人の手でいじることの不自然さ、実感出来てきませんか。

自ら健康な内臓を作り出すシステムを確立しないと、腸がきれいになったことにはならないと思います。
それも、
必要最低限のおいしい野菜とお肉を食べて、気持ち良く寝起きして・・・、
そんな普通の暮らしのライン上にあると、いいですよね。


でも、
でないんだもの・・・・


そういう人のために、体験上特におすすめできるものがあります。

それは豆とサツマイモ。

ふかして、または茹でて、
やわらかくほくほくした上等の豆を、サツマイモは皮ごとを食べる

そうすると、私の場合、腸が元気に動き出します。

不思議なもので、体調がいいと、そこまで過剰な糖分やら脂肪やらを欲しなくなるのです。
普通の水がいちばんおいしい飲み物で、
新鮮な野菜とお肉が適量摂れれば、幸せを感じる。
好循環ですね!

ハイドロコロンセラピーの1万5千円(だいたい)、
豆、サツマイモの○百円。
1回にかかる費用も手間も、比べようもありません。

目をちかちか眩ませる「健康情報」の洪水より、
自分自身の体の声に、
耳をかたむけてみませんか。

■参考URL
http://blog.goo.ne.jp/healthy_life_2007/e/fcd8d212b4b51a0268357e04d6d79086

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